ドリトル先生のヒマラヤ行き異聞
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ブルーライン

 現在、私の手元にこんな古い本がある。
 「ラサからの帰還」
 厚い背表紙の四つ折り判で、幾分変色した上質紙にしっかりと作ってある。随分時代がかってはいるけれども、それほどたくさんの人の手元にあったのではないようだ。パリのサン・ルイ島通りの古本屋で見つけた時、何故か南アメリカの案内書やインカ帝国の研究書の間に挟まっていた。この通りは夏を除けばいつも人通りが少なく、その朝もパンを抱えて足早に行く人の他は見あたらなかった。本の著者はジーゲルソンというノルウェー人の旅行家で、1893年の刊行になっている。発刊元は英国のブロッサム書店。この著者のことは何も知らなかったが、その当時、世界に扉を閉ざしていた神秘の国チベットへ潜入し帰還した人物らしい。しかし私がこの本に非常な興味を持ったのは、このジーゲルソンという人物のたどった足跡ではなく、中のある章に挿入されていた6枚の図版と、それについて記された短い文章についてだった。6枚の図版、それは山奥の僧院に掛けられてあったというタペストリーの写しだった。手書きで模写したと思われる図は、つたないながらもカビくさい僧院の空気を伝えていた。ジーゲルソンはラサから命を削る思いで山越えをし、ヒマラヤの麓の小さな王国にたどり着いた時、とある小さな僧院の薄暗い壁にこれらのタペストリーが並んでいるのを見たと書いている。
『僧院の中は静かだった。何百年もの間たゆみなく続けられた祈りの言葉が、あたりに聞こえぬ音となって充ち満ちていた。崩れかけた土壁の中にまで、香の匂いが染みこんでいる。自分はその時、壁に並んで掛けられた6枚の不思議な絵を描いた織物−タペストリーを見た。中央に少し大きな1枚を配し、その周囲を星形に5枚の布が囲むように掛けられている。暗い僧院の中でよく見分けられない部分もあったが、ほんのりと赤い色の使われているのが見て取れた。自分は、ここまで案内をしてくれたケサンに尋ねた。このタペストリーはどういうものか、この中に描かれた人物はどういった人なのか、と。ケサンは自分に、意外なことを教えてくれた。これらはおよそ50年ほど前、この地にやってきた一人の英国人、それも動物の言葉を理解する人のことを伝えるために織られたものだというのだ。その、動物と話をすることの出来る人は、幻のユキヒョウに会う目的でやってきたということだった。』
偶然、手にとって開いたページに、ジーゲルソンの書いたこの言葉を読み、挿入されたタペストリーの写しを見て、私は何かに撃たれたように動けなかった。これはあのドリトル先生ではないのか。(ドリトル先生の物語を知らない方は『アフリカ行き』からお読みになることをお薦めします。)図版に描かれた人物をつぶさに観察すると、そうとしか思えなかった。少し太った小柄な体に、シルクハットを手放さぬ姿、そして周りを取り巻く動物たち。一体、これはどういうことだろう。
 私は書店の奥を見た。白髪の老人が、半分眠るような姿で店番をしている。覚束ない手で私はその本を抱え、夢見心地で代金を渡した。通りに出ると、街は今目覚めたように青く光っていた。

著者、ジーゲルソンがこれを書いているのは1890年代の前半、H.ロフティングがドリトル先生の物語を書いたのが1900年代初めである。ドリトル先生は実在したのだろうか。ロフティングはそれを知って主人公としたのか、彼の挿絵はこのタペストリーにならって描いたものなのだろうか。
私はこのドリトル先生の物語のシリーズを長い間愛読してきて、ずっと疑問に思っていたことがあった。主人公のドリトル先生は、おんぼろ船に乗ってアフリカや南米、それに月にまでも行っているのに、何故広大なアジアに目を向けなかったのかということだ。その頃の英国はインドや中国と密接に関わっていたし、作者に興味がなかったのだとも思えなかった。シリーズの中では何度か、先生の助手のスタビンズ少年に、アジアに行きたいという憧れを語らせさえしているのだから。もしかして物語の作者は、シリーズの最後に先生をアジアに、ヒマラヤの懐に立たせるようにと考えていたのではなかろうか。タペストリーが立ち現れた時と同じように。
 買い求めたその本をパンと同じに大事に抱え、私は近くのカフェに席を取った。涼しい川風に吹かれ、ポプラの葉の鳴る音を聞きながら、タペストリーの図版を食い入るように何度も眺めた。作者が、最後に書こうとして果たさなかったかも知れぬ物語。6枚の図版に魅入られるうちに、私の中にその物語が少しずつ立ち上がっていった。

最初のタペストリー。
 何色かの細かい糸で織られた布には、ある室内の様子が示されている。ドリトル先生とおぼしき人を真ん中に、何匹かの動物たち、犬、オウム、フクロウ、サル、それにブタとアヒルとがテーブルを囲んでいる。これは先生のパドルビーの家の居間に違いない。英国の家にしては何だか少しおかしなところもあるが、仕方あるまい。これを織ったヒマラヤの住人たちは、一生懸命先生の家の様子を再現しようとしたのだ。こうして先生の家族が集まっているのは、いつものように地図を広げ、次にどこへ行くかを決める儀式をしているのだろう。川風に乗って、私の耳には彼らの声、あの始まりの楽しげな声が遠いところから聞こえてくるようだった。

ある日、例によってドリトル先生の家の気持ちの良い食卓のまわりで、家族たち−オウムのポリネシア、サルのチーチー、フクロウのトートー、ブタのガブガブ、犬のジップ、アヒルのダブダブ、それに助手のスタビンズ少年−が集まって、この次に冒険に出かけるのにはどこにするかという話をしていました。ドリトル先生の家の決まりではこういうときには鉛筆を一本取り出し、皆で目をつぶって世界地図を開き、誰かがどこかのページに鉛筆を立てるのです。そして鉛筆の指し示した場所には必ず行かなければいけない−たとえそれがアフリカであっても、月であっても−ということになっていました。この時皆が息を殺して見つめたページにはユーラシア大陸が広がり、スタビンズ少年が鉛筆の先で示した場所は何と、長く延びるヒマラヤの山々に接した小さな王国でした。
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ひゅーう、と誰からともなくため息がもれました。
 「考えたこともなかった。」
 ジップがうなりました。
 「ヒマラヤの雪の中の国だよ。」
と、チーチー。
 「私の故郷のキリマンジャロよりも高い山が、たくさんあるんですからね。」
 ポリネシアは考え深げに言いました。ドリトル先生は初めて口をはさみました。
 「わしもこの方面に行くのは初めてなのだ。だがね、チーチー。この国の北半分は確かに雪の山で囲まれているが、南の方はずっとジャングルになってインド平原につながっておるのだよ。」
 スタビンズ少年は興奮のあまり物も言えず、長年夢に見ていた土地のことを考えてぼんやりしていました。先生はパイプに火をつけながら言いました。
 「実はついこの間、王立学会の報告の中で、あのあたりのユキヒョウの数が減って心配なことになっているという報告を読んだばかりなのだ。いやはや、不思議なことだね。」
 さてそうなると次は、誰と誰が先生のお供をするかということになってきます。ジップが真っ先に名乗りを上げ、ブタのガブガブは早くも、そのあたりの食物のことを考え始めました。
 「もしも、雪の中へ行かねばならぬとしたら、」
 先生は首をかしげました。
 「ポリネシアやチーチーには向かないかも知れないのだが。」
 けれども冒険好きのオウムとサルは、きっぱりと答えました。
 「どういたしまして。私たちは雪を知っております。ましてイギリスのこの湿っぽくて寒い気候に、何年耐えているとお思いですか。」
 ダブダブだけは、私はごめんです、この家を愛していますからと断り、年寄りのトートーは寒いのは体にこたえるからと参加をしませんでした。メンバーはこんなふうに揃いました。
 「それではどうやって行くんだろう。今度も船だろうか。」
 ジップが鼻をひくひくさせながら言います。ドリトル先生は、やれやれとパイプの煙を吐き出しました。
 「さよう。また誰かに船を借りるしかあるまい。」
 「そしてスエズを越えるんですね。」
と、スタビンズ少年はようやく話に割り込みました。
 「そう、インド洋です。これこそ冒険の香りです。」
 経験豊かな船乗りのオウムは、高ぶる気持ちを抑えるように言いました。

2枚目のタペストリー。
 この布には、ヒマラヤの国に上陸した一行が、雪の山々を見上げている様子が描かれている。彼らはすでにインド洋を渡り、アッサム高原を越えてきたのだ。先生のかたわらには象が寄り添っている。またユキヒョウからの知らせを持ってきたのか、ガンのような鳥の姿も端の方に見える。私はコーヒーを横に置き、絵に目を近づけて見た。先生たちが立っている雪山の麓には、何かの畑が広がっている。その部分は淡いピンクの色に染められていた。

「この感じは一体何だろう。この国は、今まで行ったことのあるどの国にも似ていない。うーむ、何というか、とても穏やかな国に思えるのだが。」
 ドリトル先生はつぶやきました。かたわらにいたゾウは、はるばるここまで一緒に来たこの高名な、動物語を話せる先生に向かって言いました。
 「ここでは私たちは、人間も含めて対等に生きているのです。あらゆる命は平等で、特別な存在というものはありません。今、私は村でゾウ使いと一緒に仕事をしていますが、また生まれ変わった時には、別の関係になっているのに違いありませんもの。」
 先生は深くうなずきました。
 「しっ、ご覧なさいな、この村の様子を。働いている人たちも子供たちも、本当にゆったりと動いています。まるで絵の中にある村のようじゃありませんか。」
 ポリネシアは先生の肩にとまってささやきました。ジップは斜面に広がっている桃色の畑を見て、先生にたずねました。
 「あれは一体何の畑でしょうか。見たことのない花が咲いているようですが。」
 先生は額に手を当てて、そちらを眺めました。
 「あれはね、ソバの畑じゃないだろうか。わしも初めて見る光景だね。」 一同は一面のピンクの雲のような斜面を、放心したように見とれておりました。ガブガブが先生のズボンの裾をそっと引っ張って言いました。
 「ソバというものは、どのようにして食べるのですか。」
 青空の下に広がる美しい風景の中から、ふっと引き戻されたように先生はため息をつきました。
 「よくは知らないが、パンケーキみたいに作るらしいのだよ。」 

この2枚目のタペストリーの絵に、私は何故かひかれた。他の絵とは何かが違って、先生は周囲の空気に染められて浮かんだ人のように見えるのだ。ドリトル先生の後ろ姿は、なくなってしまったものを遠くに見るようにソバ畑を、雪の山々を眺めている。彗星に似た天体が、山をかすめて飛び去っている。先生は年を取られた。そして何か人間の世界に対する断念のようなものを、私は感じた。そう言えばこの旅行に、いつもの記録者であり助手のスタビンズは参加していないのだ。

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